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盛岡地方裁判所 昭和23年(行)78号 判決 1949年3月19日

原告

淺沼タチ

被告

岩手県農地委員会

岩手県知事

主文

原告請求中「被告国は本件土地を買收してならない」との点は之を却下し爾余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告岩手県農地委員会が昭和二十三年四月三日原告に対し為したる訴願裁決は之を取消す、被告岩手県知事が為したる紫波郡飯岡村大字飯岡新田第二地割字才川田二十歩及同上百十四番の二字同田二反三畝十歩に対し為した買收の決定は之を取消す、被告国は右土地を買收してならない、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は從前訴外藤村千太郞に対し請求趣旨に掲ぐる田の外紫波郡飯岡村大字飯岡新田第二地割八十三番の一字才川田一畝十歩外六筆三反三畝二十二歩を小作させて居たが、原告の夫淺沼芳男は昭和二十年秋復員し從來の菓子職も廃業となり何等業務も無かつたので紫波郡煙山村に山野の開墾地を見付け昭和二十一年春より開墾に從事することになつた。そこで開墾をして農業にいそしむには尚幾部田も耕作しなくてはならぬと考へ千太郞に交渉し、飯岡村大字飯岡新田第二地割百十四番ノ二字才川田三反四畝九歩の内三反歩並同上百五番の四字同田二十歩の返還を受くることに昭和二十年十二月末に約束し、昭和二十一年春耕作に着手し同年四月千太郞の要求により同人に田一反歩を戻したが、同人は昭和二十一年四月盛岡地方裁判所へ、全部の土地を小作せしめられたき旨小作調停の申立を為し、昭和二十一年七月十七日右調停に於て前記請求趣旨に掲げた田は原告に返還し爾余の田は原告に於て千太郞にその所有権を移転すると云う調停が成立した。依つて原告は昭和二十一年度から右田地を現在迄自作し、尚右千太郞に讓渡すべき田は、同年の内に実測し分割して所有権移転登記を為すべき一切の手続を完了した。然るに千太郞は右調停に於て將來本件耕作関係に付きては何等の請求をしないと云う約束をしながらその信義を裏切り昭和二十年十一月二十三日現在小作人であるからとの理由で飯岡村農地委員会に本件土地の買收申出をなし同農地委員会は之に基き買收計画を樹てた。依つて原告は之に異議の申立をなし更に被告岩手県農地委員会に訴願をしたけれ共訴願棄却の裁決があり岩手県知事に於て買收決定をした。併し自作農創設特別措置法第六條の二第二項第一号二号四号により右買收はなすべきものでないから本訴に及ぶ。尚右調停並に千太郞との交渉、契約等は原告夫淺沼芳男に於て旧民法第七百九十九條、第八百一條第一項により同人の原告財産に対する管理権に基き、田地の耕作、收益は夫として妻の財産の使用、收益権に基き各之を為したものである。尚一部水田の讓渡行為は原告の夫に於て本件田の一部を讓渡するも一部を永久に自己に於て耕作するは寧ろ其の価値に於て優れたる保存行為であると信じ為したもので当時の状勢を客観的に観れば止むを得ぬ管理行為と看るのが至当である。仮に右讓渡が処分権の発動で管理権の範囲でないとしても、之に付き予め原告の承諾を受けて之を為したものである。次に本件調停は第一次農地改革(昭和二十年十二月二十八日法律第六四号)時代に成立し、小作地取上は市町村農地委員会の承認を受ければ足るのであるが、調停に付てはその手続をも要せぬものであると陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告請求棄却の判決を求め、答弁として、原告と訴外藤村千太郞間の從前の小作関係、淺沼芳男と訴外藤村千太郞間の小作調停成立したこと、本件土地か買收となつたこと、原告が異議及訴願の申立を為したこと、訴願却下の裁決があつたことは何れも之を認めるが其の余の原告主張事実は全部之を爭う。原告は右調停により本件土地を小作人藤村千太郞から返還を受けたと主張するけれ共右小作調停は淺沼芳男と藤村千太郞間の事件で原告はその当事者でないから右調停の効力は原告に及ばない。仮に然らずとするも、小作契約の解約は農地調整法の規定により県知事の認可を得なければならないのに拘らず原告はその手続を経て居ないから右調停の効力なく本件被告等の行為は正当であると陳述した。(立証省略)

理由

從來原告は訴外藤村千太郞に対し本件田地の外六筆の耕地を賃貸小作させて居たが、右千太郞及原告の夫淺沼芳男間に原告主張の本件小作調停成立し、本件田地が自作農創設特別措置法により買收せられ右買收処分に対し原告から訴願をなしその棄却の裁決があつたことは当事者間爭がない。而して証人淺沼芳男の証言によると、原告の夫淺沼芳男は昭和二十年復員し同年十月頃原告は小作人藤村千太郞に交渉し同人に賃貸中の田地中三反歩余の返還を受けたが内一反歩を再び同人に賃貸しその結果淺沼方では同二十一年三月中から田二反四畝歩を耕作することになつたが同年七月十七日右調停により右二反四畝歩は從前通り淺沼方で耕作しその殘余は同人方から藤村に対し売渡すことの約定成立したことを認めることが出來る。

仍て原告の本件買收は自作農創設特別措置法第六條の二第二項第一、第二、第四号の規定により違法であるとの主張に付案ずると、夫は妻の財産に対し管理権を有するから右財産に属する権利に付自己の名で訴訟又は調停等をなす適格を有する。此の場合妻の権利がその客体である。從つて夫に対し成立した調停は妻の権利に付てのそれである。而して夫が妻の同意なしに法律上調停の客体となれる妻の権利を処分する権利ある場合に於ては夫に対しなされた調停は勿論妻に対し効力がある(旧民法八〇二條但書)が其の他の場合には夫が妻の財産に属する権利の処分に付ては妻の承諾を要するから(旧民法八〇二條)、右の場合妻の財産に関する調停に付妻の承諾あつたときは右調停は妻に対し効力がある。併し乍ら夫が其管理権に基き右調停をなすには夫は妻の権利として調停の申立をなし妻の権利として調停せられたことを要する。然るに成立に爭のない甲第一号証及証人淺沼芳男の証言を綜合すれば、本件調停に於ては申立人は淺沼芳男から同人所有の本件田地外六筆を賃借して來たが相手方淺沼芳男からその内二反歩の返還を請求せられたが全部を耕作し度く尚出來得れば全部買受け度き旨の申立に対し淺沼芳男はこれに応じ調停が成立したもので、本件調停においては芳男は自分が原告の夫であること及本件田地は妻の所有で妻の権利に付調停をなす旨の表示をなさず、却て芳男は本調停の目的たる権利は自己に属すと主張せること明で、かゝる場合妻の権利に付て調停せられたものでなく、その調停は妻に対し効力がないものと謂はねばならぬ。而して証人淺沼芳男の証言によると、本件土地の所有権者である原告が非所有権者である右芳男を所有権者であるとして調停手続をなさしめたものと認められるから、本件に於て淺沼芳男の調停が原告に効力が及ぶかの問題はむしろ訴訟(調停)信託の観念により解決すべきものである。訴訟に於ては民事訴訟法第四十七條の規定により一種の事務信託としての訴訟行爲の信託が許され、共同の利益を有する者は選定当事者を選定することが出來る。調停手続に於てはかゝる制限なく一般にその信託は許さるべきものであるが、右信託行爲は訴訟(調停)上の行爲として相手方及裁判所の手続上知り得る行為として明示又は默示的に為さるゝことを要するものである。然るに本件調停手続に於て原告から芳男に対しかゝる調停申立の信託行為があつたことを認めることが出來ない。只單に芳男及原告間に実体上の行為として(調停外の行為として)芳男名義で本件調停申立をなすことの信託的行為があつたことを推認し得るに過ぎない。從て本件芳男のなした調停の効力は芳男との間に於て原告にその効力が及ぶけれ共第三者である調停申立人藤村千太郞との関係に於ては原告にその効力が及ぶものでないと謂はねばならぬ。然らば原告は本件調停條項に定むる如くその所有の土地を藤村千太郞に売渡す義務を同人に対し負うものでなく、又同條項中第三項による千太郞の義務も成立しないものと看ねばならぬ。從て此の点に於て藤村千太郞が自作農創設特別措置法第六條の二による遡及買收計画の請求をしたので本件買收になつたとするも、右千太郞の請求が信義に反すると云うことは出來ぬ。

尚証人淺沼芳男の証言によると同人方の家族は同人外三名で約二町歩の開墾適地を借受け開墾事業に携り居るも元來本業は菓子屋であつたことを認められる。他方証人藤村千太郞の証言によれば同人方家族は同人外三名で馬一頭を有し田六反六畝歩、畑一反七畝歩を耕作し殆んど專ら農業に從事し供出も完遂せる精農であることが認められるから淺沼方では本來の業務の方面に精進し本件土地は千太郞方に耕作させた方が能率的で国家経済上より看てそれが妥当であると考える。尚本件田地を買收せらるゝときは原告方の生活状態が藤村方のそれに比し著しく悪しくなることに付ての確証はない。然らば本件買收を不適法と做す原告主張はその理由なく爾余の点に審及する迄もなく原告請求は失当であるから之を棄却すべく、原告請求中被告国は本件土地を買收してはならぬとの申立は自作農創設特別措置法上の行政訴訟としては不適法であるから之の部分の訴は之を却下すべきものである。仍て訴訟費用負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(目録省略)

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